チューリッヒの街から30分も行かないうちに、車はもう真っ暗な山奥の道を走っていました。街灯もなくただ回りには木々が静かに鬱蒼と茂るだけ、スイスの山道はどこもカーブの多い狭い道が多いのです。
そのころ仲のよかった夫婦が三組、わたしも含めて女性は皆日本人でしたが、秋も深まると必ず食べたくなるのがフォンデュというのも、皆一緒でした。
チューリッヒから山道をゆっくりと1時間ほど、そのレストランは牧場に囲まれた小さな村の真ん中にあります。村でただひとつのレストランは、これまた村でただひとつの肉屋の隣にあり、縁続きでもある肉屋のお陰で大繁盛の食べ放題フォンデュで有名でした。
山小屋風のレストランに入ると、がやがやと陽気な話し声の間から美味しそうな肉の香りがただよってきます。普段着のひとびとはワインを飲み、肉をたらふく食べ、おしゃべりに余念がありません。
肉のフォンデュには2種類あり、ひとつは薄切りにした肉をブイヨンスープにくぐらせるフォンデュ・シノワーズ、もうひとつは角切りにした肉を油にくぐらせるフォンデュ・ブルギニヨンヌです。
わたしたちはしゃぶしゃぶを思わせるフォンデュ・シノワーズが大好きでした。そして肉をたらふく食べたあと、なべに残ったスープをカップにそれぞれ一杯づつ分けてもらい、そこにジンを垂らして飲むのも大好きでした。
今でもたまに食べたくなるフォンデュですが、まだそのレストランほど美味しく楽しいフォンデュにめぐりあったことがありません。
離婚してしまったそのメンバーがまた揃うことも二度となく、山のレストランのフォンデュには何故かそれ以来行くこともなく、若い日の笑い声とともに頭と舌に懐かしく思い出すのみになってしまいました。