仕事の鬼のマドレーヌ

垂涎の日々
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バンコクに「里帰り」すると、待ってましたとばかりにたまった仕事(と言ってもサインをしたり、手紙の編集ぐらいですが)を渡してくれる秘書がいます。

 

実は会社を興したときからいる古株で、実際の肩書きは総務マネージャーなのですが、細かいところに手の届く配慮と「雑用の手配」の上手さでは右に出るものがいません。2人いる若いアシスタントには任せておけないとばかりに動き回り、残業は家に持って帰って仕上げてくるという有難い存在なのです。最後に送ってきたメールは夜の9時の時間となっていましたので、さすがに「そんな遅くまで仕事をしないでね!」と言っておきました。

 

そんなある日、午後からオフィスに行くと、小さなマドレーヌがふたつ、西からの日差しを受けて薄桃色に輝くカーテンの前に置いてあります。
そして、とんとんと軽くノックの音をさせて、彼女がそっとオフィスに入ってきました。「子供にせがまれていたんで、久しぶりに作ってみたんですけど。」何を隠そう、「仕事の鬼」の趣味はお菓子作りなのです。

 

「マドレーヌは柔らかいし、レモンの代わりにライムを使ってみたんで、さっぱりして食べやすいかもしれません。」普段はあまり仕事以外の話はしない彼女ですが、お菓子の話をするときはとても優しい顔になります。勧められるままにマドレーヌを手にとると、甘いバターとほんのりと爽やかなライムが香り、焼きたての暖かいぬくもりが手のひらに伝わります。

 

ひとくち齧ったわたしの顔を見て、にっこりとうなずいた彼女が引っ込むと、やがて隣のオフィスからいつものようにとてつもなく速いタイプの音が響いてきました。

 

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